映画「夜は短し歩けよ乙女」

原作森見登美彦 監督湯浅政明という豪華な組み合わせ。ミッドランドスクエアシネマにレイトショーで観にいった。

森見登美彦は「有頂天家族」「新訳 走れメロス」といった主に京都を舞台とした青春ファンタジー小説を描く小説家。

湯浅政明は「ピンポン」「マインドゲーム」など傑作怪作をいくつも作っている。この人にしか描けないと間違いなく言える独特な非写実的な描写が特徴ではと観ている。

描くものの形をぐにゃぐにゃにしたり、異様な色に変えてみたり、大きくしたり小さくしたり、様々な仕掛けが詰まったアニメーションを描く監督である。

 

森見登美彦湯浅政明の組み合わせといえば深夜アニメ「四畳半神話体系」がある。

これはもう紛れもなく傑作で、「夜は短し歩けよ乙女」でも描かれたような、黒髪の乙女に恋をしながら踏み出せず悶々と思索にふけっている男の話。舞台が京都なのも共通している。というか森見登美彦作品の繰り返される1つの型なのだ。

「四畳半神話体系」では、冒頭主人公「私」が膨大な新入生勧誘のビラ配りの中からサークルを選ぶシーンから始まる。このサークルを選んでいたらどうなるのか、を毎話描くという特殊な作りになっている。

もしもあの時あちらを選んでいたら、とはなにかにつけて人生で考えてしまうことだと思う。その辺りが題材になっているため、非常に普遍的な作品に仕上がっている。万人にオススメできる作品である。特に大学生には是非オススメしたい。

 

さて、そんな傑作を生み出したスタッフが集結した「夜は短し歩けよ乙女

黒髪の乙女と、彼女に恋する先輩が、京都の飲み屋を渡り歩き、古本市に赴き、学園祭でゲリラ演劇に遭遇しと次々に奇怪で愉快な出来事に出会っていく青春ファンタジーだ。

 

感想の結論からいえば、万人ウケするとは思えないけど結構楽しめたという感じだった。

楽しかったポイントはいくつかあって、1つは湯浅政明によるアニメの魅力。冒頭のお酒を飲み込むあのぐびっという強烈な動きからうわーいいぞとテンションが上がった。アニメーションとしての面白さが頂点に来たのは終盤。風邪をひいた先輩のもとに黒髪の乙女がお見舞いにくることがわかり狼狽するシーン。

そこからの一連の空を飛ぶところも含めもはや何が起きているのかよくわからなくなるハチャメチャなアニメーションが展開される。それが見応えがあって面白い。

 

後感心したのは元々原作が4話の短編になっているものを1つの長編作品にするにあたっての工夫だ。

第1話に当たる飲み比べの話から、第2話にあたる古本市の話へといった際のつなぎが非常にスマートなのだ。

 

更に、手元に原作がないので確かめられないが、小説では確か全ての話が同じ一夜に起きたこととはなっていなかったと思う。

これはおそらく映画化にあたっての改変だろうがこれが非常に効果的だった。

それぞれの話が分断されず乙女の歩く一夜の物語として繋がっていて、ラストシーン夜が明けて本編で初めての昼の明るさの中先輩と乙女が向き合うシーンが印象的になっている。

 

続いて万人ウケするとは思わないといった理由について。

全編通して90分強で4本の短編をまとめて長編作品にしている都合、1つの物語に割いている時間がかなり短い。そのため駆け抜けるように物語が進んでいく、その駆け抜ける感じがこの一夜の愉快さを増している時もあるにはある。しかしながらこの早いペースの中で森見登美彦特有の変な集団やワードがほとんど説明なく出てくるものだから森見作品に馴染みのない人にはなんのこっちゃといったところではなかろうか。詭弁論部はまだともかく偽城ヶ崎のくだりとかは何がなんだかわからないうちに過ぎた。少し勿体無いような気もする。

後は先輩と乙女の関係性の進展が少し急に見えてしまった。先輩は特に前半は何もできない人だから仕方ないのだがあまりにも乙女との関係性を示す時間がない、これは乙女と絡まなくても先輩のなかで乙女を思ったりする時間がもう少しあっても良いのではと思う。全編先輩の心理描写ナレーション、小説でいう地の文の読み上げがかなり削られていたことで、なんとなく先輩の乙女への気持ちが見えづらい。

とはいえ、ラスト、あの夜あなたは何をしていたんだろうと二人が共に思いながら喫茶店で出会うシーンは中々良かったが、それは2人がかなりの時間接触せずに過ごしていたことによるものでそう考えるとまあこのくらいのバランスでもいいのかとも思う。

 

感想以上。ところでエンディングは最高だったなー。荒野を歩け。あの曲で爽やかに終わって街に出ると飲み歩きでもしてみたくなる。